平和キャラバン  2002年3月25日〜27日


平和キャラバン
2002年3月25日〜27日
 
 2泊3日の平和キャラバンに参加しました。会場になった国立女性教育会館ヌエックの桜は葉桜になっているものもあったんですが、研修室の窓一杯の桜はなかなかの眺めでしたね。
   沖縄の旋律で作曲された「ぬち どぅ たから(命こそ宝)」を歌い、チョットしたゲームでプログラムは始まりました。

ロールプレイ(非暴力トレーニング)
 続いてロールプレイです。「山火事に遭った南の島の人が都会の団地に引っ越してきたんですが、生活態度が合わなくて住民の間に不満が出てきたので、自治会を開きました」という設定で議論をするんです。
 こうした場合どんな不満が出るものだろうかということに対して、まず想像力を働らかせなければ始まりません。本気で怒ったり文句を言ったりするのも馴れないので、なかなか骨が折れましたね。
 次に見学していたグループが論評します。プレイしたグループも自ら論評します。団地の人々からどんな不満が出たか、それに対して島の人々は何と答えたか、それはどういう状況だろうか、解決策はあるだろうか、といったことについて意見交換します。
 さらに第2回の自治会を開きます。議論が発展するようにもっていくには、参加者の意識レべルが揃っていないといけませんから、これもなかなか骨が折れます。終わってから、同じようにお互いに論評するんです。
 結論として、「生活習慣や文化の違いをまず"知る"こと」というのが出てきました。その上で受けいれられることは受け入れ、ゴミの出し方など、「共同体として守るべきことについてはキチンと説明すればいい」ということなどが話し合われました。
 お互いを「知る」ために何をすればいいか、「そりゃ、飲み食いでしょう」「文化交流でしょう」という人がいれば、「そんなの面倒だ」なんて言う人もいました。私が所属している下落合教会は留学生寮を建てて、アパートを借りようとしても断られがちな韓国・中国の方々に入寮してもらって、折に触れ懇親会をして交流の時を持っているということもあるし、住んでいる鶴ヶ島市の国際交流フェスティバルでは、食べものや芸能を披露しあって元気が出たよぉと喜んだ経験をつい最近しているので、私としては、それは実に有意義だと力説しておきました。

グランド・ゼロに立って〜被爆証言を聞く〜
 夜は、アニメーション「つるにのって」を見たあと、広島で被爆した方で、海外へもしばしば出かけて平和を訴えている、幼稚園の園長をしていたこともある牧師夫人天野文子さんから、お話を伺いました。やっぱり戦争はいけませんよ。罪もない人を殺し、生き残った人を一生苦しめるんですもの。子どもたちも熱心に聞いていたので、感心してしまいました。
 紙芝居も披露してくれたんですが、これがとてもユニークな紙芝居で、「おじいさんにできること」といって看板持って平和を訴えて歩くと、次々いろんな人がついていって大行列になるというお話なんですが、最後には長い長ーい、何枚もつながった紙芝居になっているんです。これは国連でも披露され、各国語に翻訳されているんですって。

在日保育士さんの絵本トーク
 2日目午前中の在日大韓教会・桜本保育園の保育士・尹卿恵(ユン・キョンヘ)さんのブックトークは、民族の問題が、こんなにも沢山絵本になっていたのかと、ビックリ。朝鮮、アイヌ、沖縄の民話やアフガニスタンの作品も。彼女の在日としての悩み苦しみを写した紹介が胸を打ちました。

丸木美術館と吉見百穴の新発見
 大宮北高の教諭・江藤善章さんからお話を伺いながら、丸木美術館と吉見百穴を見学。江藤さんは高校生と一緒に吉見百穴軍需工場の調査に携わった方なんですが、オカリナを吹く演奏家でもあるんです。美術館も百穴も何回か来ているんですが、軍需工場の話しをまともに聞くのは初めてですし、美術館裏庭の都幾川のほとりの桜の木の下で聞いたオカリナ、吉見の真っ暗な地下工場跡で聞いたオカリナは心に染み渡りました。

わかちあい
 夜は談話室で、日頃の課題や今回参加して感じたことなどを吐露したり歌ったり、有意義なわかちあいの時を持ちました。多くの参加者が悩みを抱えていることを知って、ちょっとビックリでした。だからこそ、「いと小さい者」に目を向け、学習し合い、励まし合い、悩める者、虐げられている者とともに生きる勇気と智恵をわかちあう必要があるんですね。
 歌について言えば「キリストの平和」の時、西原慶太さんのギター伴奏で静かに歌ったところ、小笠原さんが「ウチの教会では手をつないで、テンポも早いのよ」と言うので、早速みんなで手をつないで元気よく歌ってみました。すると、こんどは松田さんが手話でやってみましょうというので、これもまた、やってみました。いい経験でしたね。
 寝る前のひととき、同室の方と話していましたら、なんと、若い頃私が所属していた教会の幼稚園の教諭だった方で、牧師と結婚されていて、今、目の前にいるんだって判って、びっくりしたり感動したり。初対面ではないような気はしていたんですけどね。亡き母の思い出にも触れることができ、感謝でした。

川崎の教会訪問
 3日目は4時間近くもバスにゆられて川崎へ移動。日本基督教団戸手教会と在日大韓基督教会川崎教会を訪問しました。
 戸手教会が、まさに河川敷というか、もう、川の流れにかかって建っているところを見て、ほんとにビックリ。迷路のような街並みも、歩いて見れば、結構こざっぱりしていて、いかにも肩を寄せ合って生きているという風情でした。3代目という若い孫裕久(ソン・ユウグ)牧師の語った武勇伝というか、国土省の見回りの目をかすめて家を建ててしまうという、たくましい在日の方々の話は、哀しくも頼もしく聞きました。
 川崎教会は商店街に近い街中にあり、1階の桜本保育園では、「多文化共生保育」を実践していると尹さんから聞きました。歌も遊びも絵本も多国籍。「差別されない、しない」下地つくりにもなっています。
 アイデンティティを求めて悩める在日3世の若者の生活の一端をビデオで見たんですが、苦悩・希望をラップで表現しているのが新鮮でした。
 本名を名乗るには勇気のいること、礼拝は韓国語と日本語で行うこと、このことだけでも、在日の方々の置かれた環境のシンドさを推し量ることができます。「フ−テンの寅さん」にいつも置き去りにされるさくらと在日の身を重ね合わせて考えてしまうことや、「千と千尋の神かくし」の顔のない人々が、名前をかくして暮らす在日の存在そのものだという見方を知って、その置かれた立場の深刻さを改めて考えました。
 
過去を見据え、未来へ
 『韓国へ行こうよ』で始まった平和キャラバンの企画。『国内で学べることまだまだあるよね』ということで、今回のような企画内容になったわけですが、断片的だったものがかなり整理されたかなと思ってます。並行して行われた子ども達のプログラムも面白そうだったし、初体験の集会の形、学習の仕方も味わえてよかった。



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